すべての瞬間を大切にするわ

と、ルイーズは言った。(映画「メッセージ」の一場面から)

再発から半年目のCT検査

再発から半年、アブラキサン+ジェムザール抗がん剤治療6クール終わり。節目の画像検査で、大きく小さくなっていました。どっちやねん、とハシャギ気味に書いてしまう。そう、大幅に縮小していました。モニタをカーソルでなぞるものさしで、30ミリ→今回9.5ミリになっていました。アディショナルタイム延びた。

消化器官と大動脈とは相変わらず接したままで、「もう粒子線は諦めなさい。だけどこの調子で縮小したら、切除手術できる可能性が出てくる。かも。的な。雰囲気もある。」という主治医さまのコメントをいただきました。よし、ゴールを狙うぜ。

それでも時折、夜間にかなり激しい痛みが出るので、頓服としてナルラピド錠が処方されました。がん性の痛みではないかもしれない。死の恐怖と不安感がつくる痛みのようにも思います。そう思いたい。

 

再発してからTwitterでぼちぼちつぶやくようになりました。ポケモンをつぶやくアカウントを閉じ、代わりにがんと生きる用アカウントをつくりました。たくさんの膵臓がん患者さんとご家族が、かけがえのない日々のあれこれをつぶやいていらっしゃることを、今まで知っていたけれど。あえて避けてきたけれど。わたしもまた。

それでも三の線が好きだから、ついふざけたことを書いてしまう。「抗がん剤やってるのにハゲ頭から毛が生えてきた。毛根たくましいな」とか、「血液検査の結果が悪すぎてほぼゾンビ化している。でも自分的には元気なので、動きが素早いタイプのゾンビだ」とか、自分では気に入ってるネタです←ネタ?

死の崖っぷちにあっても、ネタを大事に生きた人が生き残るんだとフランクルの「夜と霧」にも書いてあったし。わたしもそう思うのです。

 

CTの結果を聞いたあと、7クール目のアブラキサン+ジェムザール治療。コロナ対策で、化学療法室は付き添いの人の入室禁止に。室内は2つに仕切られ、「akikoさんはこっちのチームだからあっちに行かないでね。トイレはこっちのあそこを使うのよ〜」と説明を受けました。チームって?こっちは何チームですか?と質問したら「Aチームです」と。よし気に入った。ウサギさんチームだと弱そうだもんね。我々、特攻野郎Aチームは60代、70代の先輩男性ばかり。お向かいのお父さんはiPadで何かを見ながらずっとニヤニヤ笑っていて、いい感じ。

病院の待合は、レイアウト変更され、長椅子1客ごとにテーピングしてソーシャルディスタンス対応に。ナース陣も大幅にメンバーチェンジがあり、今回のコロナ対策で大幅な移動・増員があったとのことでした。主治医もおっしゃっていたけれど、「コロナの患者とは絶対被らない体制になってるので安心して。痛みが出たら夜間救急も怖がらずにすぐ来て」と。どうやらこの病院もコロナ患者さんの受け入れを始めたようです。

がんが消えた人

昨日は3月11日、アブラキサン+ジェムザール、早くも6クール目が始まりました。

血液検査では、好中球Lからのスタートとなりいまいちな数値にしょんぼり。肝機能も相変わらずALT、AST高数値で脂肪肝進行。

新型コロナウィルスの影響なのか病院全体は比較的空いていました。しかし、消化器内科と化学療法室は毎度のように混雑です。主治医F先生によるとこの病院で患者数が一番多い科目で、「僕はこの病院で一番忙しいドクターなのよ」だそうで、なるべく無駄なお話はしないようにしています。が、ちょいと質問してみました。

 

 この前、手術不能だったという膵臓癌の人に会いました。

 それが、抗がん剤の治療で画像上まったく消えちゃったと言ってました。

 先生の患者さんにもそんな人いらっしゃいますか?

 

F先生は嘘を言わない方です。

 

 実は、いま診ている膵がんの患者さんの中に2名いらっしゃるんです。

 画像上まったく消えました。

 一人は現在も抗がん剤を継続しています。

 もう一人はご希望により休薬しています。

 

ええ話や。珍しいけど0じゃないんですねと。抗がん剤だけで消えたのか、他にもこっそり何か代替療法をやったのかはわからないけれど、見知らぬ患者仲間のお2人がこの病院で生き延びている事実。ええ話や。先生、わたしもそこを目指したいです。

 

20席の化学療法室は満席、さらに待合に10名ほど待機。わたしも1時間ほど待たされました。待ち時間中、時計を見たら午後2時46分だったので黙祷しました。涙が少し滲んできました。

 

アブラキサンとジェムザールを開始してから、体毛は段階的に全て抜け落ちていき最後にまつ毛と眉がなくなりました。つけまつげを買ってきて、老眼をしょぼしょぼさせながらアイメイク。仕上がりがなんだかギャルっぽい。眉毛は、スタンプ型のアイブロウを発見。画期的!と興奮し、ぺたんと押してみたら左右の高さがズレてしまい、福笑いのような顔面レイアウト。まあいい。面白いので許す(何を)。

顔面はそんな感じですが、頭の毛がなぜかパヤパヤと新生してきています。頭全体に、いま3ミリくらい。化学療法室のナースさんによると、抗がん剤治療中に発毛する変な人がいるらしい。ごく希らしい。謎らしい。抗がん剤が効かなくなってきたということではないですか?と聞いたら「それはないです!・・・・と思う」だそうで。来週、F先生に質問してみます。

しかし、このまま生えそろったら、また広尾の美容師のS本さんにカットしてもらえるなぁ〜。嬉しいなぁ。目指そう。新生パヤ毛は全部白くて、うれしさ半分、複雑さ半分だけど。昔読んだ「ベルばら」では、投獄されたマリーアントワネット様が一晩で白髪になっていたので、「苦しみで頭が白くなるのは王妃の証だ!」と自分を尊ぶことにする。

 

 

病気になってよかったこと

告知から2年、ブログ開始から2年を超えました。

なんだかあっという間だったような気がします。

YouTube岡田斗司夫さんの過去のゼミ動画を見ていたら、今のマンガ家の多くは仕事のしすぎ、過労の蓄積で、だいたい60歳くらいで死んじゃうだろうねというお話をしていて(ちなみに相撲取りも同じく平均寿命が短いらしい)、わたしも時間割だけはマンガ家のように苛烈に働いてきた人生だったから、さもありなん。これから先、最終回を描く前に亡くなるマンガ家さんが増えるかもしれず、どう備えるか。最終回の内容を他のマンガ家に託しておく、コンテ下書きを描いておき死後公開する、などマンガ作品にも終活をというお話。絶対読みたい最終回、わたしにもそんなマンガがいくつかあるので、先生がたもわたしも頑張って少しでも長生きしないとね。これからも新しい面白い連載がどんどん始まり、ラストが気になってもう死ねないぜ状態が理想です。

 

半年ほど前、再発でへこんでいたわたしにラジオ体操の公園で友だちになったKちゃんがLINEでメッセージをくださった。「この病気になって良かったと思える日がきっと来ますよ」こころに深く沁みた。

 

Kちゃん、とか馴れ馴れしく呼んでるけれど、20歳近く年上の人生大先輩で、長いこと都内大病院のナース長を勤めあげた医療人でもある。今も週2回都内の個人クリニックでバイトをしている現役、カッコイイ。いつも静かに見守ってくれていて、わたしがぶっ倒れたときは素早く駆けより脈を取るなどしてくれた。安心と信頼の存在感。ラジオ体操の後、時々マンションに招いてくれて、朝ご飯を食べさせてくれる。ジャージ姿の白衣の大天使。ナース精神というのは生涯底なしの人助けなんだなぁと。この世にはそんな人が本当にいる。Kちゃんに出会えたのが、この病気になってよかったこと。

 

ほかにもいっぱいある。

仕事を辞められたこと。仕事仕事で、長い間デタラメで滅茶苦茶な生活をしていました。楽しいことも嬉しいこともあったし、ご縁あって出会えた得意先の方がたや仕事仲間もみんな大好きでした。だけど責任や重圧、思うようにいかないことも多々あり、心身は疲れ果てていました。辞めたくても辞められなかった。まだできる、まだやりきっていない、もっといい仕事したいという欲と、泥のような疲労感の毎日がとても苦しかった。でも、仕事を辞めた今、その苦しみは全てなくなりました。あの袋小路から堂々と逃げるために、誰からも納得してもらえる言い訳を手に入れるために、いちばん怖い膵臓がんになったのではないかと思えるほど。正直、無事に仕事を終えたときの達成感、チームの人たちとの協力プレイや、クリエイティブの現場の活気を思うと、今だに少しさみしいような懐かしさが湧いてきますが、あのどうしようもない苦しさと疲労感から逃れられた今、もう仕事はしなくていい。よかった。これでよかった。

 

たくさんの出会い、新しい世界が開いた。

ラジオ体操の公園で知り合った方々、Kちゃんはじめ、早朝の公園に集うひとびと。過去の生活では絶対に出会えなかった。365日、早朝から体操する先輩たちの生き方考え方にふと触れるたびに感じるものがある。そしてこのつながりから、今までになかった人間関係がひろがり、小さなよろこびも得られました。

また、鍼灸院や治療院などの先生がた。人を助けることを生業とする人たちがここにも。施術時間がOVERしても「次の予約はないですから」と、黙々と施術を続けてくれたセラピストさんたち。新しく行った調剤薬局でわたしのおくすり手帳を見て、どこの癌ですか?と聞かれ「膵臓です。応援してくださいね」と返したら、大きな目で真っ直ぐにこっちを見て「もちろんです!」と言ってくれた薬剤師さん。謎の神仏系の祈祷師さんも、全力の本気で祈ってくれているのがわかった。わたしのために。

そしていつも応援してくれている友だち。会わなくても、SNSでつながっていなくても、助けよう応援しようとしてくれている気持ちがわかる。それを、この病気になってやっとわかるようになりました。子どもの頃からわたしはずっと人のあたたかい気持ち、善意、真心を疑ってきたんだと、何をやっとったんじゃと、今になって気付くことができました。アホでした。言葉を超えて伝わってくる気持ち、それを、おぼろげにも感じられる自分になれた。すごくよかったことです。

 

そして患者仲間、そのご家族。この病気にならなければ、決して出会えなかった人たちです。言葉にならない、言葉にしなくていい。わかってる、わかってくれている。それだけでほっとするのです。現実は決して大丈夫じゃない人たちで、わたしもそう。だけど大丈夫なんだ。そう思えるこころのグリップです。握りしめたらちょっとぬくいぞ。

 

今朝がた、仲良くしてくださっていたひとりの患者仲間が旅立ったというお知らせが届きました。亡きようこさんと3人で、患者の集いで漫才トリオをした群馬のTくん。彼は「毎日、よかったことを数える」習慣をやっていました。漫才トリオは解散だけど、わたしはこれからもピン芸人でやっていきますよ。Tくんお疲れさま。またいつか漫才しよう。手作りキャラメルを食べさせてくれ。

 

祈ります。ありがとうね。

 

 

3月4日追記:これ、100記事目だって。長文は書くのに時間がかかるのでもっと短くしたいと思いつつ。クドクド書いてまう。「日記でもなんでもいいから書くことで癌患者が延命したというエビデンスがあるよ」って、大津先生が言ってらした。長文を書けば、延命期間も延びるのじゃーというエビデンスはないけどね。

 

 

 

 

2年

2020年2月22日でまるっと2年。

2年前 のこの日、穿孔で組織検査した結果「膵臓がんで確定ですにゃ」

と言われました。2月22日は猫の日なので記憶しやすいにゃ。

 

しばらくブログをサボっていたら、何人かの方からご心配のお声を頂戴しました。

お気にかけてくださりありがとうございます。

箇条書きにてまとめます。

 

●わたしの膵臓がんと治療は、いまどうなっているか

 

・粛々とアブラキサンとジェムザールによる治療を継続中。現在5クール目。

・3クール目終了時にCT検査で若干の縮小が見られた。効いとるがな。副作用が辛いので現在は各薬剤60%に減薬中。

・2年たっても下痢は友だち。いっそ大親友。

・背部の痛みが少しずつ増してくる心細さ。鎮痛剤はロキソニンからトラマールに変更になったけど、幻覚が見えるので次回外来で相談。なぜか茶碗の柄が見えて困る。

・米国に組織を送ってお願いしていたがんゲノム検査は、成果なし。参加賞。結果レポート「分子標的薬に当りなし。akikoはめっちゃ普通のよくある膵臓がんなので、納得して標準治療しとくのが吉である」とのことです。

・このゲノム検査(mark2)は現在全世界から集計した400近い膵臓がんの検査データがある。それによると、他のがん種に比べ、膵臓がんはユニークな遺伝子異常の発現が少なく、みんな判子で押したようによく似た遺伝子異常がみられることがわかっている。なので、個別に効果が期待できる分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬の「当り」は現状ではほとんど出ていない。が、今後はわからん。いいもの見つかったらお知らせするね!という解説をもらいました。

・腫瘍は相変わらず小腸にくっついており、この先さらに縮小しても、小腸とは離れないだろう。ゆえに憧れの重粒子線などは無理だろう。いや、ちょっと待て。

・腸管と腫瘍の間に板(スペーサー)を挿入して粒子線治療っていう荒技があるらしいぞ!わーすごーい!それやりたい!→今の状態では無理です。もし、今後可能になっても、腸管にがん細胞が残るので、そこは後から外科手術で切り取るという荒技の合わせ技で対応かな?と医師→ここまで来ると治療プランを立てるというよりも思考実験の世界だね。オモロイけどね。

・かかりつけ総合病院の主治医のもとでは現在、抗がん剤治療と、飲み薬による体調のコントロール、血液検査や画像検査しかできません。標準治療です。で、上記のような荒技系の治療アイデアセカンドオピニオン医からの提案、ゲノム検査は自発的に自費でやってみました。

・主治医には、セカンド医のアイデアなど全てお話しをしていて、データ提供などのご協力も迅速に対応してくださる。最初の頃は、“それは無駄な足掻きであるぞよ、金を無駄にするなよ”と、遠回しに非難を感じるやりとりもあったけど、今は「やりたいことをスキにすればいいです。協力します」と言ってくださる。ありがたし。

・わたしはあきらめないのです。っちゅーか、常にガサガサと何かをしていないと、すぐに不安や孤独が追いついてくるので。

・近所のヨガ道場の瞑想クラスや、週1の笑いヨガも。さぼりつつ参加継続中。

鍼灸院、整体院、CS60は各週1回。どれもスキ。

・超自然部門、オカルト部門もやっていますぞ(スピリチャルという言葉はあんまし使いたくない)最近、ハンドパワー系のエネルギー療法を習いセルフヒーリング)

・先月から猫2頭を飼い始めた。前に飼っていた子が死んで、ちょうど1年目。

・新しく来た猫たちは、偶然にもわたしと誕生日が同じ。

 

ここしばらく、書く、話す、などのアウトプットができていませんでした。

大きな反省点です。わたしは元気。また書きます。

 

笑いヨガ、イージーヘブン

再発を告知されてから、笑いヨガに参加し始めました。去年、朝のラジオ体操の公園で知り合ったMさんが「いらっしゃいな」と誘ってくださっていたのですが、なかなかその気になれず見送ってきた近所の区民センターでの週1回の集い。笑いヨガは、サイモントン療法の伊豆でのセミナーで一度だけ体験したことがあって、そのときは心が閉じていたので(あぁ・・・笑)ノリについていけず、斜に構えてしまっていたのでした。しかしこのたびはもう後がない、おっそろしぃ、がんに追いつかれてしまったわたしには小さな逃げ場がどうしてもどうしても必要で、もはや笑うしかないぞー!っと、そんな気分で、水曜の夜、笑いヨガの集まりに足を運ぶようになったのです。

声をかけてくださったMさんもまた食道がんのサバイバーであり、笑いヨガを通じてこころと生き方の整えを完了し、がんを克服し、どん底な人生を脱却し、今はお元気で日々にこやかに過ごしていらっしゃるのです。

 

「笑いヨガは、誰でもできる笑いの健康法です。1995年にインド人医師Dr.マダン・カタリア夫妻が考案したもので、ユーモア、冗談、コメディは使わず、理由なく笑うというユニークな方法です。笑いの体操と、ヨガの呼吸法をあわせているところから笑いヨガと呼ばれています。酸素がたくさん取り入れられ、健康と活力が実感できます。」と日本笑いヨガ協会のHPに書いてあります。脳は意外とアホで、作り笑いと本気笑いの違いがわからないんです。顔と声だけ笑ったふりしてりゃあ、脳は幸せで満たされて、免疫力も上がり、カラダにも良いことがおこるのです、ということらしいはっはっはっは。

思えば初回参加時、リーダーらしき男性が笑いヨガとは何かを真面目に説明しながら、語尾にはっはっはっと枯れた笑いをぶら下げてくるのが、もう異世界を予感させるのには十分だったことだなぁ、はっはっは。

参加してみると、みなさん暖かくやさしく迎え入れてくださり、それだけで嬉しくてしょうがなくなり。プログラムは、どうでもいいことやくだらないことをその場にいる全員で、ごく短い時間で演じては笑い飛ばしていく、というか強烈にぶっ飛ばし、延々とそれをやる、畳かけていくというもので、大声を出して笑う(ふりをする)そのうちに、酸欠になって、脳汁があふれ、こころのタガが外れ、笑いの渦に巻き込まれて未体験ゾーンに突入するのでした。大の大人たちが無心にぎゃはははは、わははははは、ギャーギャーキエエエエエと奇声を上げて笑い合う狂気の世界、忘我のイージーワールド。(ここまで導いてしまう指導者の方、そうとう優秀なんだろうなぁ)

参加者は中高年が多くどの方も、「訳あって、もうここで笑い狂うしかないんすよ」という背景を、おそらくはお持ちなのだろうと感じました。そうでなければここには来ないだろうと、下世話にも勘ぐってしまうのです。中には、わたしと同類の人もいるかもしれない。そうでなければ、この空間と時間は生まれないだろう・・・知らんけど。

さて初回参加の日は、後半になってM君という若者がやってきました。シャツはボロボロでホームレス寸前の装い。M君は重度の発達障害を持つ人で、彼を招いた女性の話によると1日の大半を「あっちの世界にいるのよー」とのこと。そんなM君、笑いヨガでアツアツになってる会場にいきなり入室してしまったものだから、たちまちパニック発作を起こして物置に閉じこもったり、頭を抱えて暴れたり。笑いヨガの部屋はますます訳がわからなくなり、それでもまだ笑い続けるわたしたちがいて、イージーワールードは大暴走。

やがて落ち着きを取り戻したM君が、みんなを無視して小さな楽器を奏で始めました。誰かがCDを?と思うほど美しい音色でした。では、彼の弾くカリンバを聞きながら今日はクールダウンして終わりましょうと指導者。照明を消し、みんなで床に寝そべりました。さっきまで獣のように暴れていたM君が、聞いたことがないような美しい天上の調べを奏でるので、酸素不足&脳汁過多のわたしは涙が滲んできました。天使や!天使さまや!こんなところに来てくださった!ここはイージーヘブンや!

こうして寝転びながら、ずっと即興カリンバの音色に包まれていました。ところが背後に、ザーッザーッとノイズが聞こえてくる。ちょっと怖いなと思った瞬間、突然、誰かが歌い始めました。これがまた筆舌しがたく美しい即興ソングで、今夜はいったいどこまで連れていかれるのか、いやずっとここに永遠に居たい、なんて気分になり。歌っていたのは、参加者のWちゃんという方(この方も遠くを見るような不思議な目をしていた)らしい。

こうして笑いのクールダウンは終わり、わたしは天上から戻り、あのノイズはM君がスマホで鳴らしていた人間の母親の胎音だとわかり。余韻の中でもう一度気が遠くなるような感慨に包まれてしまった。なんなのよ笑いヨガ。奇跡にもほどがある。

 

そんなこんなで今も毎週、区民センターの集会場に通っています。水曜は病院で抗がん剤を打つ日。その夜は笑いヨガの日。あの夜のような奇跡の時間はそうそうないけれど、笑いヨガの空気の中にいると時折イージーヘブンが手招きする瞬間があり、それがたまらなくこころを解放してくれる、ような気がするのです。がんを忘れ、不安を忘れ、孤独を忘れ、我を忘れ、愛と祝福に包まれる・・・ような気がするのです。あの、笑いが共鳴しあう瞬間が、いまのわたしにはとても大切です。先週、途中でトイレに行ったら、遠くから狂気の笑い声が響いてきて、客観的に感じればぞっとするほど気が狂ってると思いました。はやく。あの中へ。帰らないと!わたしは急いでトイレを後にしました。

 

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。(マタイ)

 昔、住んでいた部屋の斜め向かいに教会があり、そんな張り紙が出ていました。休ませてもらおうかと何度も思っては通りすぎていました。いまマタイは、「わたしがあなたがたを笑わしてあげます」と言っている気がする。必要とする人には訪れる何かがあることを、信じたいです。

 

 

 

がんゲノム検査(自費代表選手)

再発のお知らせから1ヶ月半。淡々と、じゃなくてアワアワと日々が過ぎていきます。抗がん剤は2回やって、白血球が下がりすぎで中断、そしてまた再開。週1回の通院に加え、先端医療の合わせ技で攻めちゃうぞ系のセカンドオピニオンに行ったり、大枚はたいて自費でがんゲノム検査を依頼してみたりして、なんだか以前より忙しいし金遣いが荒いのです。まず健康保険で3割といえども、いまやっている抗がん剤が1回約5万円とは驚くばかり。高額医療費制度を利用しても出て行くものは出て行くのです。

 

わたしは恵まれています。ずっとフリーランスで働いていたし、幸いにしてお仕事はたくさん頂戴していたし、お金を使う暇もなく、欲しいものもなく、がむしゃらにたくさんたくさん働いて貯まっていたお金、いま吐き出している。

お仕事は楽しいことも多くやりがいもあった反面、無理、無茶、我慢を重ねてきました。こうしてすい臓がんになったことも、今になってお金を湯水のように使ってしまっているのも、すべては自作自演だなぁと。そう思うと静かな気持ちになる。生命保険に入っていたのは本当に良かったし助かった。けれど、もとがケチくさい掛け金だったので、今は焼け石に水の少額請求、それでもありがたいこと。

きっとわたしは種銭が尽きるまで、なんやかんやとやるんだろうなぁと思う。常に何かやっていることで、気が安らぐところがある。お金を垂れ流す痛みが、こころの苦しみをマスキングしてくれることにも気づいています。それができることに感謝すら覚える。

さて、ゲノム検査はまさに博打で、すい臓がんの場合は、他のがん種よりも遺伝子変異がわりと似たり寄ったりな傾向があるから薬が見つかるのはかなり低確率だと言われました。それでもやりますか?はいやります。仮に薬が見つかっても高額自費になるでしょう。それでもやりますか?はいやります。ではここにサインを、、、的なやりとりののち、病院の精算機に吸い込まれていく札束を見送ったのでした。うおおお凄い吸引力や。

過去、自費でゲノム検査を受けたけど外れクジをひいた亡き友のことを思いました。その人は「金ドブだったなぁ」と言ってた。だけどわたしはいまこの時点では「それはわからない」と言える。当りを引く確率が仮に100分の1だとしても、わたしには凄い高確率に思えたから。

昔、パチンコを嗜んでいたときがあります。CR機が普及しだしたあの頃。大当たり確率は約350分の1で、当然負けが多かったけど勝つこともありました。時には、最初の打ち出しの玉で確変大当たりを引くこともありました。お座り一発というやつです。これって、たいへん不謹慎な例えだけど、わたしにはリアルな連想なのでした。パチンコに比べゲノム検査って高確率やん?!と、頭の中で大当たりランプが点滅し、アタッカーが豪快に開く、といった具合に、冗談抜きでそう思ったので博打上等。わたしのアホは治らないが、がんは治せるかもしれない。結果は年末または年始に届きます。

このように自らを茶化しつつ笑いを織り交ぜて、いまここでこんなふうに書くのは、外れを引いたときの予防線、先回りの負け惜しみなのか。金ドブの言い訳なのか、知らんけど。書かずにはおれません。

 

昨日、「がんゲノム検査を自費で受けた人」の立場からお話を聞かせてくださいと言われ、ニュース番組の取材を受けました。金ドブのアホ患者代表かもしれないけど、それもわたしです。インタビューには、なんら装飾も煽りもなく素直に答えさせていただいたけど、パチンコの話はしてないので(笑)ここで補足しました。

 

治療終了、打つ手なしになってやっと保険適用されるのが今のゲノム検査。結果まで2ヶ月待ち。それで適合する薬が見つかるのは10人に1人。その薬を使うにも多くの場合、自費となる。遅いね、高いね、不条理だね、つっこみどころ満載ね。はやく普及してコストも速度もなんもかも改善して、誰もが発病後安心してベストな治療が受けられるようになって欲しいと心から願っています。やがて必ずそんな時代が来るでしょう。

 

できることはまだまだあると思う

できることはまだまだあるので、焦らず粛々と参ろうと思う次第です。

周囲の方々、こころ優しき皆さまに、

ご心配おかけしています。ありがとうございます。

なんとか力になろうとしてくれる

助けようとしてくれている人たちの気持ちが

わかるようになりました。

先週、セカンドオピニオンでは希望が見えました。

掴もうと思いました。

ゲノム検査もすすめていきます。

時間とお金と心意気を、可能性にぜんぶbetします。

 

週1回近所の瞑想クラスに通いはじめて、

こころが静かに喜んでいるのも感じます。

またまとめて書いていこうと思います。