すべての瞬間を大切にするわ

と、ルイーズは言った。(映画「メッセージ」の一場面から)

1か月

先週金曜日、腸閉塞で入院。

ここ半月ほどで歩くこと、立つこと、つかまること、握ることなどがどんどん難しくなっていました。

とうとう食止めとなり、主治医より余命は1か月を目安にしてくれと伝えられ、残りの日々は点滴のみ。

残念ながら。残念ながら。本当に。

在宅看護を希望。

旦那さんが奔走してくれた。

あと1か月なのか、2か月なのか、まだあるのかないのか

。考えたところでわからない。

コメントしてくださっていた、かけやんさま。ありがとうございます。かけやんは、このままどこまでも駆けて行って欲しいです。

皆さまが特別な友だと思う。

まだ生きている

時は過ぎ、わたしはまだ生きている。

なんだかんだと足掻きながら、

ここまで来ました。

必死になって延長してしたこの時間に、

一体何を成し得ることができたのか。


お腹を内側から突き上げる腹水の辛さ。

突然やってくる激しい痛み。とても激しい痛み。

最後の抗がん剤による耐え難い吐気。

ここにきてギリギリで

わかってくる周囲のこころ、

ほんとうに愛してくれている人は誰か。


苦しみばかりでは生きている意味がない。

今日、主治医に抗がん剤治療を終了したい旨を伝えた。


それは痛み止めのレスキューが効いてくる前に

いつも汗を流しながら思うこと。

この先、どれだけ時間があるのか。

その時間がこんな苦しみに満ちているのなら

その時間にどんな価値と意味があるの。



あと少し頑張りましょう。




再発から現在までの経過

しばらくブログから遠ざかっていましたが、

生きています。元気です。

心配をしてくださっている方に、

ありがとうございます、たぶん大丈夫です、

みんなもどうか元気でいてくださいねと

お伝えしたいので戻ってきました。

 

昨年10月に局所再発がわかり、

それから今まで何をしていたか

簡単にまとめておきます。

精神的にも浮き沈みの大きい日々を過ごしてきましたが

それでも淡々と、粛々とありたいと願っています。

 

 

2019年10月      

膵頭部下、腹腔内に局所再発

再発部は大動脈にからみ消化器官(十二指腸)と接触

画像に写らないサイズの腹膜播種の可能性あり

抗がん剤アブラキサンとジェムザールを開始

同時にセカンド医に相談スタート

 →抗がん剤が奏功し消化管から腫瘍が離れたら

  重粒子線+切除手術で根治を狙う

 

自宅でひとり瞑想するのが淋しうなり、

近所のヨガスクールのグループ瞑想に週1〜2回参加(良い!)

 

 

2019年12月

CT検査でアブラキサン&ジェムザール、CR(縮小)

でも骨髄抑制が大きく 治療スキップ、減薬などでグダグダ継続

背部痛が徐々に増していく。鎮痛剤増量

 

もともと腫瘍マーカーが反応しない体質のため、

抗がん剤の効果状況は3ヶ月毎のCTでしかわからない

全身脱毛、ハゲ頭、悪心、足のしびれなど

 

2020年1月

東洋医療、ヒーラー、オカルト系も忘れずに抑えておく

こころの支えとなってくれる

レイキ講習を受ける(セルフケアのため)

 

2020年3月

アブラキサン&ジェムザール6クール

CT検査:主治医も目を見張るほどの大幅縮小で

このままいけば再手術も狙えるし

消化管と離れたら重粒子線も可能とのこと、希望が湧く

ただし標準治療プロトコルに従い9クールまで様子見し

さらなる縮小が見られた場合に限定

 

外部、大学病院の外科医にサードオピニオン(手術への準備)

 

2020年3月

セカンド医より消化器官と腫瘍の間にスペーサー挿入で

重粒子線を打つ提案 しかしこれも9クール目をめどに

 

背部痛が深刻化 夜間に耐えがたい激痛

こんなにキツならもう死んでもいいか〜などと頭をかすめるので

医療麻薬の処方開始

 

セカンド医より痛みの進行は、がんの進行の目安になるため

アブラキサン+ジェムザールに耐性が出ている可能性の指摘

 

コロナ禍で、グループ瞑想をしていた道場が閉店

心の止まり木を失う

 

レイキエネルギーは本当にあるのかわからないまま、

レイキ講座は上級まで修了

学んだ内容はとても良かったし友だちもできた

 

2020年6月

現状で重粒子線は可能か?放医研を受診するも

重粒子線は不可、スペーサー挿入案も却下

腫瘍が消化器とくっついている限り粒子線は永遠に却下

 

痛みの進行から抗がん剤が効かなくなった可能性あり

セカンド医の提案により外部クリニックでCT撮る

腫瘍はもとのサイズに戻っていた・・・耐性ついた

 

9クール目でアブラキサン&ジェムザールを卒業

今までサンキューいい夢見せてもらったよ

 

背部痛さらに深刻化 鎮痛剤で日中ぼんやりする

主治医の判断で神経ブロック注射を受ける(1泊入院)

直後より劇的に疼痛が軽減 凄い!

鎮痛剤も減薬 生きる気力が戻ってくる

 

がん疼痛対策で神経ブロックをやる病院は少ないとのこと 

幸運であります 光栄であります 先生に感謝!!

 

心の止まり木を求めて写経を始める

週1〜2回、薬師寺東京別院に通っています

薬師如来さまのご加護を祈念します

 

2020年7月

主治医と相談し抗がん剤セカンドLINEとして

オニバイドを選択 

わたしはアブラキサン時代から骨髄抑制が深刻なため、

フォルフィリノックスはやめとこうと・・・

 

しかしフォルフィリノックス推しだったセカンド医は不満げ

オニバイドにはオキサリプラチン(最も膵臓がんに効くそうだ)が

使われていない点がダメなんじゃないかと

 

血液検査 いままでびくとも動かなかった

腫瘍マーカーCA-19-9が上昇しはじめた 不穏

 

2020年8月(現在)

 

オニバイド3回目 CA-19-9がさらに上昇

オニバイドは効いているのか? 不穏不穏

主治医によると次回CTでの確認は10月 最速でも9月末

待てない 次の手を打つための準備をと

セカンド医の判断で外部クリニックにてCT撮影

腫瘍はやや増悪していた

 

神経ブロック注射の時はリアルタイムなX線動画で

モニターしながら施術を受けたよね

そこからの連想で、重粒子がダメなら

高出力ガンマ線をリアルタイムにモニターしながら打つ

MRIdianはどうだろう?と考え

がん研中央病院にセカンドオピニオン外来

→医師「やるなら今でしょう」

 

さてどうする?

 

 

旦那さんや、大切なお友だちのみんな・・・

どんなに心やさしい人たちであっても、

全がん種の中、最も予後が悪く絶望と悲しみに満ちている

膵がんを抱えた私たちの心の奥はわからない。

それは淋しいけど、どうしようもないこと。無理なこと。

 

最近は主にTwitterで垂れ流しています。

患者同士の、短い言葉だけの交流ですが

なんだかこころが通い合っている気がしてほっとする。

その時だけでも孤独が癒える気がするのです。

 

なんだわたし、淋しかったんだな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再発から半年目のCT検査

再発から半年、アブラキサン+ジェムザール抗がん剤治療6クール終わり。節目の画像検査で、大きく小さくなっていました。どっちやねん、とハシャギ気味に書いてしまう。そう、大幅に縮小していました。モニタをカーソルでなぞるものさしで、30ミリ→今回9.5ミリになっていました。アディショナルタイム延びた。

消化器官と大動脈とは相変わらず接したままで、「もう粒子線は諦めなさい。だけどこの調子で縮小したら、切除手術できる可能性が出てくる。かも。的な。雰囲気もある。」という主治医さまのコメントをいただきました。よし、ゴールを狙うぜ。

それでも時折、夜間にかなり激しい痛みが出るので、頓服としてナルラピド錠が処方されました。がん性の痛みではないかもしれない。死の恐怖と不安感がつくる痛みのようにも思います。そう思いたい。

 

再発してからTwitterでぼちぼちつぶやくようになりました。ポケモンをつぶやくアカウントを閉じ、代わりにがんと生きる用アカウントをつくりました。たくさんの膵臓がん患者さんとご家族が、かけがえのない日々のあれこれをつぶやいていらっしゃることを、今まで知っていたけれど。あえて避けてきたけれど。わたしもまた。

それでも三の線が好きだから、ついふざけたことを書いてしまう。「抗がん剤やってるのにハゲ頭から毛が生えてきた。毛根たくましいな」とか、「血液検査の結果が悪すぎてほぼゾンビ化している。でも自分的には元気なので、動きが素早いタイプのゾンビだ」とか、自分では気に入ってるネタです←ネタ?

死の崖っぷちにあっても、ネタを大事に生きた人が生き残るんだとフランクルの「夜と霧」にも書いてあったし。わたしもそう思うのです。

 

CTの結果を聞いたあと、7クール目のアブラキサン+ジェムザール治療。コロナ対策で、化学療法室は付き添いの人の入室禁止に。室内は2つに仕切られ、「akikoさんはこっちのチームだからあっちに行かないでね。トイレはこっちのあそこを使うのよ〜」と説明を受けました。チームって?こっちは何チームですか?と質問したら「Aチームです」と。よし気に入った。ウサギさんチームだと弱そうだもんね。我々、特攻野郎Aチームは60代、70代の先輩男性ばかり。お向かいのお父さんはiPadで何かを見ながらずっとニヤニヤ笑っていて、いい感じ。

病院の待合は、レイアウト変更され、長椅子1客ごとにテーピングしてソーシャルディスタンス対応に。ナース陣も大幅にメンバーチェンジがあり、今回のコロナ対策で大幅な移動・増員があったとのことでした。主治医もおっしゃっていたけれど、「コロナの患者とは絶対被らない体制になってるので安心して。痛みが出たら夜間救急も怖がらずにすぐ来て」と。どうやらこの病院もコロナ患者さんの受け入れを始めたようです。

がんが消えた人

昨日は3月11日、アブラキサン+ジェムザール、早くも6クール目が始まりました。

血液検査では、好中球Lからのスタートとなりいまいちな数値にしょんぼり。肝機能も相変わらずALT、AST高数値で脂肪肝進行。

新型コロナウィルスの影響なのか病院全体は比較的空いていました。しかし、消化器内科と化学療法室は毎度のように混雑です。主治医F先生によるとこの病院で患者数が一番多い科目で、「僕はこの病院で一番忙しいドクターなのよ」だそうで、なるべく無駄なお話はしないようにしています。が、ちょいと質問してみました。

 

 この前、手術不能だったという膵臓癌の人に会いました。

 それが、抗がん剤の治療で画像上まったく消えちゃったと言ってました。

 先生の患者さんにもそんな人いらっしゃいますか?

 

F先生は嘘を言わない方です。

 

 実は、いま診ている膵がんの患者さんの中に2名いらっしゃるんです。

 画像上まったく消えました。

 一人は現在も抗がん剤を継続しています。

 もう一人はご希望により休薬しています。

 

ええ話や。珍しいけど0じゃないんですねと。抗がん剤だけで消えたのか、他にもこっそり何か代替療法をやったのかはわからないけれど、見知らぬ患者仲間のお2人がこの病院で生き延びている事実。ええ話や。先生、わたしもそこを目指したいです。

 

20席の化学療法室は満席、さらに待合に10名ほど待機。わたしも1時間ほど待たされました。待ち時間中、時計を見たら午後2時46分だったので黙祷しました。涙が少し滲んできました。

 

アブラキサンとジェムザールを開始してから、体毛は段階的に全て抜け落ちていき最後にまつ毛と眉がなくなりました。つけまつげを買ってきて、老眼をしょぼしょぼさせながらアイメイク。仕上がりがなんだかギャルっぽい。眉毛は、スタンプ型のアイブロウを発見。画期的!と興奮し、ぺたんと押してみたら左右の高さがズレてしまい、福笑いのような顔面レイアウト。まあいい。面白いので許す(何を)。

顔面はそんな感じですが、頭の毛がなぜかパヤパヤと新生してきています。頭全体に、いま3ミリくらい。化学療法室のナースさんによると、抗がん剤治療中に発毛する変な人がいるらしい。ごく希らしい。謎らしい。抗がん剤が効かなくなってきたということではないですか?と聞いたら「それはないです!・・・・と思う」だそうで。来週、F先生に質問してみます。

しかし、このまま生えそろったら、また広尾の美容師のS本さんにカットしてもらえるなぁ〜。嬉しいなぁ。目指そう。新生パヤ毛は全部白くて、うれしさ半分、複雑さ半分だけど。昔読んだ「ベルばら」では、投獄されたマリーアントワネット様が一晩で白髪になっていたので、「苦しみで頭が白くなるのは王妃の証だ!」と自分を尊ぶことにする。

 

 

病気になってよかったこと

告知から2年、ブログ開始から2年を超えました。

なんだかあっという間だったような気がします。

YouTube岡田斗司夫さんの過去のゼミ動画を見ていたら、今のマンガ家の多くは仕事のしすぎ、過労の蓄積で、だいたい60歳くらいで死んじゃうだろうねというお話をしていて(ちなみに相撲取りも同じく平均寿命が短いらしい)、わたしも時間割だけはマンガ家のように苛烈に働いてきた人生だったから、さもありなん。これから先、最終回を描く前に亡くなるマンガ家さんが増えるかもしれず、どう備えるか。最終回の内容を他のマンガ家に託しておく、コンテ下書きを描いておき死後公開する、などマンガ作品にも終活をというお話。絶対読みたい最終回、わたしにもそんなマンガがいくつかあるので、先生がたもわたしも頑張って少しでも長生きしないとね。これからも新しい面白い連載がどんどん始まり、ラストが気になってもう死ねないぜ状態が理想です。

 

半年ほど前、再発でへこんでいたわたしにラジオ体操の公園で友だちになったKちゃんがLINEでメッセージをくださった。「この病気になって良かったと思える日がきっと来ますよ」こころに深く沁みた。

 

Kちゃん、とか馴れ馴れしく呼んでるけれど、20歳近く年上の人生大先輩で、長いこと都内大病院のナース長を勤めあげた医療人でもある。今も週2回都内の個人クリニックでバイトをしている現役、カッコイイ。いつも静かに見守ってくれていて、わたしがぶっ倒れたときは素早く駆けより脈を取るなどしてくれた。安心と信頼の存在感。ラジオ体操の後、時々マンションに招いてくれて、朝ご飯を食べさせてくれる。ジャージ姿の白衣の大天使。ナース精神というのは生涯底なしの人助けなんだなぁと。この世にはそんな人が本当にいる。Kちゃんに出会えたのが、この病気になってよかったこと。

 

ほかにもいっぱいある。

仕事を辞められたこと。仕事仕事で、長い間デタラメで滅茶苦茶な生活をしていました。楽しいことも嬉しいこともあったし、ご縁あって出会えた得意先の方がたや仕事仲間もみんな大好きでした。だけど責任や重圧、思うようにいかないことも多々あり、心身は疲れ果てていました。辞めたくても辞められなかった。まだできる、まだやりきっていない、もっといい仕事したいという欲と、泥のような疲労感の毎日がとても苦しかった。でも、仕事を辞めた今、その苦しみは全てなくなりました。あの袋小路から堂々と逃げるために、誰からも納得してもらえる言い訳を手に入れるために、いちばん怖い膵臓がんになったのではないかと思えるほど。正直、無事に仕事を終えたときの達成感、チームの人たちとの協力プレイや、クリエイティブの現場の活気を思うと、今だに少しさみしいような懐かしさが湧いてきますが、あのどうしようもない苦しさと疲労感から逃れられた今、もう仕事はしなくていい。よかった。これでよかった。

 

たくさんの出会い、新しい世界が開いた。

ラジオ体操の公園で知り合った方々、Kちゃんはじめ、早朝の公園に集うひとびと。過去の生活では絶対に出会えなかった。365日、早朝から体操する先輩たちの生き方考え方にふと触れるたびに感じるものがある。そしてこのつながりから、今までになかった人間関係がひろがり、小さなよろこびも得られました。

また、鍼灸院や治療院などの先生がた。人を助けることを生業とする人たちがここにも。施術時間がOVERしても「次の予約はないですから」と、黙々と施術を続けてくれたセラピストさんたち。新しく行った調剤薬局でわたしのおくすり手帳を見て、どこの癌ですか?と聞かれ「膵臓です。応援してくださいね」と返したら、大きな目で真っ直ぐにこっちを見て「もちろんです!」と言ってくれた薬剤師さん。謎の神仏系の祈祷師さんも、全力の本気で祈ってくれているのがわかった。わたしのために。

そしていつも応援してくれている友だち。会わなくても、SNSでつながっていなくても、助けよう応援しようとしてくれている気持ちがわかる。それを、この病気になってやっとわかるようになりました。子どもの頃からわたしはずっと人のあたたかい気持ち、善意、真心を疑ってきたんだと、何をやっとったんじゃと、今になって気付くことができました。アホでした。言葉を超えて伝わってくる気持ち、それを、おぼろげにも感じられる自分になれた。すごくよかったことです。

 

そして患者仲間、そのご家族。この病気にならなければ、決して出会えなかった人たちです。言葉にならない、言葉にしなくていい。わかってる、わかってくれている。それだけでほっとするのです。現実は決して大丈夫じゃない人たちで、わたしもそう。だけど大丈夫なんだ。そう思えるこころのグリップです。握りしめたらちょっとぬくいぞ。

 

今朝がた、仲良くしてくださっていたひとりの患者仲間が旅立ったというお知らせが届きました。亡きようこさんと3人で、患者の集いで漫才トリオをした群馬のTくん。彼は「毎日、よかったことを数える」習慣をやっていました。漫才トリオは解散だけど、わたしはこれからもピン芸人でやっていきますよ。Tくんお疲れさま。またいつか漫才しよう。手作りキャラメルを食べさせてくれ。

 

祈ります。ありがとうね。

 

 

3月4日追記:これ、100記事目だって。長文は書くのに時間がかかるのでもっと短くしたいと思いつつ。クドクド書いてまう。「日記でもなんでもいいから書くことで癌患者が延命したというエビデンスがあるよ」って、大津先生が言ってらした。長文を書けば、延命期間も延びるのじゃーというエビデンスはないけどね。

 

 

 

 

2年

2020年2月22日でまるっと2年。

2年前 のこの日、穿孔で組織検査した結果「膵臓がんで確定ですにゃ」

と言われました。2月22日は猫の日なので記憶しやすいにゃ。

 

しばらくブログをサボっていたら、何人かの方からご心配のお声を頂戴しました。

お気にかけてくださりありがとうございます。

箇条書きにてまとめます。

 

●わたしの膵臓がんと治療は、いまどうなっているか

 

・粛々とアブラキサンとジェムザールによる治療を継続中。現在5クール目。

・3クール目終了時にCT検査で若干の縮小が見られた。効いとるがな。副作用が辛いので現在は各薬剤60%に減薬中。

・2年たっても下痢は友だち。いっそ大親友。

・背部の痛みが少しずつ増してくる心細さ。鎮痛剤はロキソニンからトラマールに変更になったけど、幻覚が見えるので次回外来で相談。なぜか茶碗の柄が見えて困る。

・米国に組織を送ってお願いしていたがんゲノム検査は、成果なし。参加賞。結果レポート「分子標的薬に当りなし。akikoはめっちゃ普通のよくある膵臓がんなので、納得して標準治療しとくのが吉である」とのことです。

・このゲノム検査(mark2)は現在全世界から集計した400近い膵臓がんの検査データがある。それによると、他のがん種に比べ、膵臓がんはユニークな遺伝子異常の発現が少なく、みんな判子で押したようによく似た遺伝子異常がみられることがわかっている。なので、個別に効果が期待できる分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬の「当り」は現状ではほとんど出ていない。が、今後はわからん。いいもの見つかったらお知らせするね!という解説をもらいました。

・腫瘍は相変わらず小腸にくっついており、この先さらに縮小しても、小腸とは離れないだろう。ゆえに憧れの重粒子線などは無理だろう。いや、ちょっと待て。

・腸管と腫瘍の間に板(スペーサー)を挿入して粒子線治療っていう荒技があるらしいぞ!わーすごーい!それやりたい!→今の状態では無理です。もし、今後可能になっても、腸管にがん細胞が残るので、そこは後から外科手術で切り取るという荒技の合わせ技で対応かな?と医師→ここまで来ると治療プランを立てるというよりも思考実験の世界だね。オモロイけどね。

・かかりつけ総合病院の主治医のもとでは現在、抗がん剤治療と、飲み薬による体調のコントロール、血液検査や画像検査しかできません。標準治療です。で、上記のような荒技系の治療アイデアセカンドオピニオン医からの提案、ゲノム検査は自発的に自費でやってみました。

・主治医には、セカンド医のアイデアなど全てお話しをしていて、データ提供などのご協力も迅速に対応してくださる。最初の頃は、“それは無駄な足掻きであるぞよ、金を無駄にするなよ”と、遠回しに非難を感じるやりとりもあったけど、今は「やりたいことをスキにすればいいです。協力します」と言ってくださる。ありがたし。

・わたしはあきらめないのです。っちゅーか、常にガサガサと何かをしていないと、すぐに不安や孤独が追いついてくるので。

・近所のヨガ道場の瞑想クラスや、週1の笑いヨガも。さぼりつつ参加継続中。

鍼灸院、整体院、CS60は各週1回。どれもスキ。

・超自然部門、オカルト部門もやっていますぞ(スピリチャルという言葉はあんまし使いたくない)最近、ハンドパワー系のエネルギー療法を習いセルフヒーリング)

・先月から猫2頭を飼い始めた。前に飼っていた子が死んで、ちょうど1年目。

・新しく来た猫たちは、偶然にもわたしと誕生日が同じ。

 

ここしばらく、書く、話す、などのアウトプットができていませんでした。

大きな反省点です。わたしは元気。また書きます。